![「岩」 [6KB]](http://www.mmm.ne.jp/~e924/naka/spT014.jpg)
No.029
新小岩機関区は昭和4年3月7日に本所機関区が移転してきて出来ました。
新小岩客貨車区は昭和29年に開設しました。
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昭和6年3月の配置 新小岩機関区
B10型1両,5500型9両,C10型4両,C50型5両,8850型2両
昭和12年3月の配置 新小岩機関区
6760型13両,8620型10両
昭和22年4月の配置 新小岩機関区
6760型6両,8850型1両,8620型5両、C58型10両
昭和27年4月の配置 新小岩機関区
6760型2両,8620型12両,C58型5両
昭和32年4月の配置 新小岩機関区
8620型16両,C58型5両,D51型2両
昭和35年の写真より 「千シワ」
ナエ27011
昭和43年3月の配置表より 新小岩機関区「岩」
C57型 33,125,129,160,161,164
C58型 165,183,184,218,229,261,291
D51型 50,259,447,448,507,508,532,641,770,806
この時佐倉機関区には 8620型5両、C57型11両、C58型21両の配置がありました。
SLばかりの新小岩機関区にELが来ました。成田電化試験で昭和43年3月8日〜13日、木更津電化試験で6月に、 EF58-154 が新小岩区に貸し出されています。他にも EF58 は、(S39)54,(S44)123号機も新小岩区に貸し出されています。
この年の海水浴臨用にDD51が新小岩区に貸し出されています。104,607,803
800番台はSG無しで磐越東線用に新製した車輌を配置。
夏期輸送は新小岩区が主力なので佐倉区からC57型4両も貸し出されています。(ファン誌より)
両国発の列車の機関車は新小岩→両国をバックで回送します。
昭和44年3月の配置表より 新小岩機関区「岩」
C57型 33,71,125,129,161,164
C58型 85,101,165,183,184,291
D51型 21,259,447,448,507,508,532,641,770,806
新小岩貨車区「千シワ」 スエ30-36,スエ31-7,54(等級A碓氷線通過可能)
新小岩操駅 ソ106
この時錦糸町「千キウ」には オハ35,オハ61等と、スエ38-8,オル31-38 の配置がありました。
昭和45年3月の配置表より 新小岩機関区「岩」
D51型 21,641,770,806,第一種休止車448,507,532
移動 D51-259「高一」,D51-638「高一」
廃車(S44.12/11) D51-447,C57-114,C58-101,165,183,291
昭和46年3月の配置表より 新小岩機関区 0両
移動 D51-448(新鶴見),507(高崎一),532(秋田),770(大館)
廃車(S45.4/9) D51-21,641,806,C57-59,105
46年1月最後まで残っていた D51-532 が秋田区へ転属しました。
機関車の配置が無くなった新小岩では佐倉区のDLが入れ替え等に活躍するようになります。
C51-239 (昭和20年、お召し機として在籍)梅小路蒸気機関車館にあります。同型機のお召し回数レコードホルダー機。
このころは新鶴見区から新小岩区、尾久区に貸し出されていた。その後S30年に直江津区へ移動する。
C57-129 (最終配置新小岩 S44.5/15廃車)千葉県野田市清水公園に保存したが平成7〜8年頃の4月解体された。
C58-165 の動輪 環七の西に移動した千葉機関区新小岩派出にあります。
新小岩の区名板「岩」 梅小路蒸気機関車館に展示してあります。
昭和53年4月の配置表と様子
新小岩貨車区「千シワ」 スエ30-36(ダブルルーフ),スエ31-54,オエ61-41
新小岩操駅 ソ106(このころはブルーグレーっぽい色でした)
昭和57年12月の救援車達の様子
新小岩の車両に何両か写真展示しました(昭和53年以後のは全て撮影済み)。
給水塔(高架水槽)の横に千葉側から、チキ1010,ソ106,スエ31-54,オエ61-306 が置かれていました。
駅の近くの車止めには、オエ61-41,DD13-127「佐」「一休」が置かれていました。
この時期 DD13「佐」一休車の留置が 127,146,122,165 と入れ替わり行われました。昭和58年7月頃ソ106が見えなくなりました。
昭和60年3月の配置表 新小岩貨車区「千シワ」
オエ61-41,42,306
廃車(S61.3/5) オエ61-41
昭和61年3月の配置表 新小岩貨車区「千シワ」
オエ61-303,306
オエ61-303はS62.4の廃車回送の写真を見ると「佐倉機関区」と表記されていました。
その後
分割民営化後救援車が消え、佐倉区の廃止後は千葉区「千」のDLが活躍するようになります。
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新小岩工場は昭和3年に本所工場が移転してきて出来ました。
その後、大宮工場貨車職場、新小岩車両センター。
そして、平成9年川崎に移転しました。
新小岩では私鉄への車両の製作もしました。昭和60年7月、銚子電鉄 遊覧車「澪つくし号 ユ101」
新小岩では車両の解体もしました。(約10年前)工場内でキハ30系、日通ホーム跡でDD51
新小岩では無線操縦の四角いDL(20t)のテストもしていました。昭和58年1月30日
右の写真は昭和62年のイベント時のものです。天井に「両・千・海・山」の円盤。